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どーも、ゆーすけです。
突然ですが皆さんは、もうこれ以上出来る事はないってぐらいやり切った事ってありますか?まぁ気持ちの上ではそんな風に思う時もあるかもしれません。どれだけ考えてもこれ以上に出来る事なんて出てくる訳がないって感じに思ってしまいますよね。そんな風に思う気持ちはわかります。で、そこまで思えるぐらいにやり切る事が出来ているのなら、それは素晴らしい事だと思います。きっとそのうち結果は出てくる様になるんじゃないかと思います。
でも、これは非常に悲しい事かもしれませんが、時にどれだけやり切っても物事ってうまくいかなくなる時ってあったりするんです。で、そんな時にはどうしていいのかわからなくなってしまいますよね。だって、これ以上に出来る事ってないんですもんね。もう打つ手がなくなってしまいますよね。もうこのまま終わりかな?って思ってしまいますよね。でもね、これは絶対に忘れないでいて欲しい事なんですが、どんな時でも打つ手ってのは必ずあるもんなんです。もう打つ手がこれ以上にはないって事は絶対にないんです。これはね、本当の事です。だからこそ、そこで簡単に諦めないでいて欲しいんです。何かしらかの方法は必ずあると思って挑み続けていって欲しいと僕は思うんです。
ここでは、なぜ僕がその様に考えているかについて簡単に解説してみたいと思います。
もくじ
打つ手がないと思ってるのは自分の想像を超えてないから
でもなぜ打つ手ってのは必ずあると言えるんでしょう?あれだけ自分的には他の方法はないのか?って事を考えても思いつかなかったんだから、きっと他の打つ手なんてもうないでしょって思われたりすると思うんです。まぁ確かに自分が考え得る打つ手ってものはもう出てこないのかもしれません。でもね、本当の打つ手ってのは自分の想像の外とかにあったりするもんなんです。まぁ自分的にはもうこれ以上思いつかないのかもしれません。でもだからと言ってもう他に打つ手が本当にないかって言ったら、そんな事もなかったりするもんなんです。だって、自分が想像出来る範囲なんてたかが知れてるからです。本当にね、打つ手がないと思ってるのは自分の想像の範囲を超えてないからだったりするんです。
皆さんはこれまでに、自分が打つ手がないと思ってる事に対する問題に他の誰かが解決策をくれたなんて事って経験した事ないですか?で、その解決策を見た時には、「そう言うやり方もあるのか」って感じで感動した感じだったりしたんじゃないかと思います。もうね、こんな感じで他の人は自分が打つ手がないと思ってるものに対して自分とは違った視点で見ていたりするもんなんです。で、多くの場合は、自分は他の人が持ってる打つ手ってものに気が付いてないだけだったりするんです。そして、残念ながら、そう言うものには自分だけではたどり着く事も出来ません。だからこそ、打つ手がないと思ってる様な時は1人で悶々と考えたりしない方がいいのかな?って僕は思います。三人寄れば文殊の知恵なんて言葉を聞いた事はないですか?本当にね、何人かで一緒になって一生懸命考えてみたら、意外と打つ手って見つかったりするもんなんです。自分1人で考えて思いつかないからってそこで諦めちゃったりするのはまだちょっと早いんじゃないかと僕は思います。
打つ手は時間が経てば見つかる事もある
で、次に僕が打つ手は必ずあると思ってるのは、打つ手ってのは時間が経てば見つかる事もあったりするからです。まぁなんかこんな事を言うとちょっとズルいって思われたりするかもしれません。その瞬間に打つ手が欲しいんだって思われるかもしれません。確かにそう思う気持ちはわかります。でもね、その瞬間には不可能でも、後からそれが解決出来る様になるって事はよく起こるんです。例えば、今の自分に出来ない何かが出来る様になりさえすれば、全てを解決する事が出来るって感じの事です。それに加えて、今のテクノロジーでは不可能な事が出来る様になれば、自分が抱えてる問題の打つ手になり得るって事だって普通に起こる事はあるんです。だからこそ、打つ手はないなんて勝手に決めつけないでいて欲しいんです。今は打つ手がないってだけの事だったりするんです。
だからこそ、もう自分はやり切ったと思ってもそこで終わりにしないでいて欲しいんです。今はどうやっても解決出来ない事がある時急に解決出来る様になったりするんです。で、こう言う事は、自分が諦めないで打つてってものを考え続けていないと見逃してしまいます。でも、自分が諦めないで考え続けていれば、その未来の打つ手ってのは自分の見える所に現れてくれたりするはずなんです。もうね、こう言うものに自分が気がつけるかどうかってのが大事だったりするんです。だからこそ、自分の中で打つ手はないと諦めたりせずに打つ手は必ずあると信じていて欲しいんです。その瞬間はうまくいかないかもしれません。でもそれが永遠に上手くいかないとは限らないんです。時間が経てば、打つ手は見つかったりするんです。
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打ち続けていれば必ず道は開ける
で、そんな感じで打つ手は必ずあるって思える様になってきたとして、そこからはどの様にして生きていけばいいんでしょう?それに関して僕が思うのは、もうとにかく打つ手は必ず見つかると信じてそれっぽいものを打ち続けるって感じなんじゃないかと思います。もうね、下手な鉄砲は数撃ちゃ当たるし、信じて続けていれば必ず道は開けたりするもんなんですよ。頭の中でこれが解決策だとか、これが打つ手だとかって考え過ぎないって事も大事だと思います。物事が上手くいくかどうかは、やってみるまでわからないんですから。だからこそ、僕は、打つ手は必ずあると信じてみて欲しいんです。そして、あれもこれも試してみて欲しいんです。そんな風にしてれば、いつか本当の解決策に出会うはずです。
で、これは、先ほども言った事につながるんですが、本当のその時の打つ手ってのは、自分の想像の外にあったりするんです。自分がこれは問題を解決する訳がないと思っている事がその時の正解だったなんて事もあるんです。もうこれは、本当に行動を起こして挑戦してみるしかないんです。確かに、行動を起こす前に全ての答えを知りたい気持ちはわかります。でもね、こればっかりはどうしようもないんです。未来は誰にもわからないんですから。だからこそ、打つ手はもうこれ以上ないなんて勝手に思い込まないでいて下さい。探していれば、必ず打つ手ってのは見つかります。きっとこれまでも多くの人はそんな風にして問題に対する解決策を見つけてきたはずです。そんな簡単に見つかる訳はないとは思います。でも、必ず打つ手は見つかると信じていて下さい。信じて続けていれば必ず抱えている問題は解決していきます。後はしつこく続けていく事です。
まとめ
いかがだったでしょうか?もうこれ以上やってもどうにもならないって思ってしまう事はあるとは思います。自分が本気でやり切ったと思う時なんかにはそんな風に思うものなのかもしれません。でもね、僕は、どんな時でも、もうこれ以上打つ手がないなんて言う風には思わない方がいいと思います。打つ手ってのは必ず見つかるもんだと思うからです。てか、そんな風に思って生きていって欲しいと思っています。
じゃあなんで、人はもう打つ手がないなんて事を思ってしまうのでしょう?それはきっと自分の想像の外側の事を考える事が出来ないからです。で、これは不思議なもので、もう打つ手がないと思った時の解決策って自分の想像の外側にあったりするんです。なので、もし自分がもう打つ手がないと思った様な時には他人の力を借りてみるってのがいいのかもしれません。他人は自分とは違う視点も、違う打つ手も持っていたりするからです。で、それに加えて、今は打つ手が見つからなくても、時間が経てば打つ手って見つかっていったりもするんです。自分に出来る事が増える場合もありますし、世の中のテクノロジーが発展する事で違う方法が可能になる事だってあるんです。だからこそ、今打つ手がないからと言って、簡単に諦めたりはしない方がいいのかもしれません。もうね、ここから先は、打つ手は必ずあると信じて、それっぽものを打ち続けるって事が大事になってくるんじゃないかと思います。そんな事を続けていればきっと道は開けていく事になると思います。打つ手は探していれば必ず見つかるもんなんです。
ゆーすけ
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