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どーも、ゆーすけです。
突然ですが皆さんは、なんでこんな事が自分の身に降りかかってきたんだろう?なんて事を思ってしまう事ってないですか?で、こんな風に思ってしまっている時って、自分にとってあまり良くない事が起こっているなんて事がほとんどなんじゃないかと思います。だって、自分にとって良い出来事ならそんな風に思う事なんてないですよね。何も考えずに素直に受け止める事が出来るんじゃないでしょうか?
で、自分にとってよくない事が起こった時って、その意味に関してもの凄く考えてしまったりしますよね。そして、考えれば考えるほど自分にとって良くない意味ばかりが頭に浮かんでしまいますよね。だって、自分にとっては良くない出来事だった訳なんですから。でも、これは僕が普段から思っている事なんですが、自分に起きた出来事の意味って相当後になってしかわからない事だし、その意味は大抵自分でつけるしかないって感じだと思うんです。まぁそんな意味からも、僕は、自分に起こった出来事は自分の都合の良い様に解釈していけばいいんじゃないかと思っています。だって、意味は自分でつけるんです。なので、自分に都合が悪い様に考えてもしょうがないとなんとなく僕は思ってしまうんです。
ここでは、なぜ僕がその様に考えているかについて簡単に解説してみたいと思います。
もくじ
自分に起きた出来事の本当の意味がわかる事はほとんどない
じゃあまずなぜ僕が、自分に起こった出来事ってのは自分に都合良く解釈していけばいいと思っているかと言うと、ぶっちゃけた話、自分に起きた出来事の本当の意味がわかる事ってほとんどないと思っているからです。だからと言って、僕は、自分に起きた出来事には意味がないとは思っていなくて、必ず何かしらの意味はあると思っています。でも、その意味がはっきりとわかる事ってのはもの凄く珍しい事なんじゃないかな?って思うんです。だからと言う訳じゃないのですが、自分に起きた出来事の意味を考えるって事は大事だと思いますが、それを考え過ぎるのもどうなのかと思います。だって、どれだけ考えても正確な答えがわかるなんて事はないですし、もしわかった(もしくは、思いついた)としても、それの答え合わせをする事なんか出来ないと思うからです。
そこで出てくるのが自分に起きた出来事を自分の都合が良い様に解釈してしまうって感じの事なんです。なんかこんな風にしていたら、あまりに楽観的過ぎないか?って思われるかもしれません。でもね、僕は、何を考えても自由って言うのなら、それは自分が良い気分になる様に考えればいいんじゃないかと思うんです。だって、わざわざ自分で自分にとって辛くなる様に考えたって本当に自分が辛くなるだけなんです。しかも、その辛くなる様に考えた事が正解かどうかもわかないんです。もうこれって全く意味がわからなくないですか?僕は、自分に起きた出来事を悪い様に解釈して自分を責めなくてもいいんじゃないかと思います。だって、そんな風に自分に厳しく接しても自分の人生が良い方向に回っていく様な気がしないからです。まぁなんとなくズルをしている様に感じてしまうのかもしれませんが、そんな事はあんまり気にせず、自分に起きた出来事は自分に都合良く解釈していくって感じにしてみて下さい。だって、ズルしてる訳じゃ全然ないですもん。
起きてしまった過去は絶対に変えられない
そして、次に僕が自分に起きた出来事を自分に都合良く解釈した方がいいって思っている理由としては、その出来事をどの様に考えても、その起きてしまった出来事を変える事は出来ないからです。まぁ簡単に言えば、過去は絶対に変えられないって感じの事を言いたい訳なんです。ここれ、もし過去に起こった事を変える事が出来るのであれば、僕は、それがどの様に悪かったのかって感じの事をめちゃくちゃ分析して自分にとって悪い方、悪い方に考えてみるって事もありなのかもしれません。でも、それを都合良く考えようが、都合悪く考えようがその過去についてはどうする事も出来ないってのが現実なんじゃないかと思います。なので、僕は、どうせだったら都合良く考えてしまえばいいんじゃないかと思います。
まぁ確かに過去に対してはある程度の反省は必要だとは思います。じゃないとその過去の経験を自分の未来につなげていく事は出来なくなる様な気がするからです。でもだからと言って、過去を必要以上に悪く考える必要もないと僕は思っています。だって、もう既に自分にとって良くないと思っている事は起こったんです。そこで十分辛く感じたり、苦しく感じたりしたはずなんです。なので、僕はこれ以上自分を責める必要なんてないんじゃないかと思います。だからこそ、その自分に起きた自分にとってあまり良くない出来事ってのは自分にとって都合良く考えていけばいいんじゃないかと思っています。そうすれば、「あーこう言う事が起きて結果的に自分にとっては良かったんだ」って思える様になっていくと思います。ここでまた繰り返しますが、過去はどうやっても変えられないんです。それは自分の為になる事なんだって感じに自分に都合良く考えることが出来れば、その過去も引きずらなくて済むんじゃないかと僕は思っています。
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自分に起きた出来事をどうとらえても、自分の人生は進んでいく
そして、もう1つ僕が自分に起きた出来事は自分に都合良く解釈していった方がいいと思っている理由としては、それに対して自分がどの様に考えていようが、自分の人生ってのはどんどん流れていくと思うからです。まぁこれはもしかしたら、上で書いた過去は変えられないってのと近いのかもしれません。まぁ要は、過去をクヨクヨ考えた所で自分の人生は止まる訳じゃなく、どれだけ自分が人生の流れを止めたいと思っていても、自分の人生の時間ってものは止める事は誰にも出来ないって感じの事を僕は言いたいんです。だから、自分に起きた事を悪くとらえて苦しんでいたってしょうがないんです。だって、苦しかろうが、辛かろうが人生はどんどん流れていってしまうんです。その過去をなかった事にするって事は出来ないのかもしれません。でも、そこにとどまり続ける必要もないって感じです。
もうね、人生ってのは最後の瞬間がくるまでは、全ての出来事が通過点でしかないんです。自分にとってとんでもなく辛い事が起こった時には、そこで「人生終わった」なんて事を考えてしまったりもするかと思いますが、基本的には生きてる限り人生は続いていくんです。だからこそ自分にとって都合良く解釈して進んでいくしかないんじゃないかと僕は思うんです。その辛かった過去を無理にポジティブだった事にする必要はないとは思います。そうやってポジティブで覆い被せても問題自体は解決していく事はないと思うからです。でも、それを自分に都合良く解釈していく事は可能だと思いますし、それは無理にポジティブになるって事にはならないと僕は思います。だた必要以上にネガティブにならないで済むって感じなんじゃないかと思うんです。だからと言う訳じゃないですが、僕は、自分に起きた良くない出来事は、自分にとって都合が良い事だったと思うってそこを乗り越えていくのに有効な方法なんじゃないかと思っています。必要以上にネガティブになり過ぎないってのが上手くいかない人生を乗り越えていくのに必要な考え方だと思うからです。
まとめ
いかがだったでしょうか?時には、自分にはなんでこんな事が起きるんだって感じに思ってしまうほど辛く、苦しい事が起きてしまったりするんじゃないかと思います。そんな風に自分にとってあまり良い事ではない事が自分の身に降りかかってきた様な時には、その意味がどうしても知りたくなってしまったりするんじゃないかと思います。確かにその気持ちはとても良くわかりますが、その意味って時間が経ってからしかわからなかったりもするんです。そんな感じなので、僕は、あまり自分に起きだ出来事の事を考え過ぎてしまうよりは、そう言う事については自分で都合良く解釈していくってのがいいんじゃないかと思っています。
それはなぜかと言うと、起きた出来事の意味ってのは後からわかる事もあるとは言いましたが、基本的にはわからないまま謎のままって事が多いと思います。だから、自分がそれをどの様に解釈しようが自分の自由ってのが実際だと思うんです。だからこそ、僕は、その起きた出来事が自分にとって良くない事であったとしても、それを悪い事だと考え続ける必要ってないんじゃないかと思います。どうせだったら、自分に都合良く解釈しちゃえばいいんじゃないでしょうか。だって、過去はどうやったって変えられないんです。そして、その過去にどれだけとらわれていたって、自分の人生は前に進んでいくんです。そんな意味からも僕は、自分に都合良く解釈して、過去にクヨクヨせずこれからを生きていくって事が大切なんじゃないかと思うんです。その時に有効的な考え方だと思うのが、僕は、自分に起きた出来事は自分に都合良く解釈してしまうって感じの事なんです。
ゆーすけ
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