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どーも、ゆーすけです。
突然ですが皆さんは、自分が目立つ事って好きですか?まぁこれって微妙な感じですよね。何かいい事があってみんなに注目されるなら目立ってはみたいけど、そうじゃなくて何か悪い事が人より際立っていて目立つってなら嫌だって感じなんじゃないかと思います。で、基本的に多くの人が自分がいい意味で目立つのって難しいと感じるから、出来るだけ目立たない様に周りに合わせて自分を消しているなんて感じの事が多かったりするんじゃないかと思うんです。
確かにその気持ちはわかります。目立つのってなんとなく怖いですよね。人と違うのって怖いですよね。でもね、僕は、そんな感じで人と違っている事ってそんなに怖がらなくてもいいんじゃないかと思っているんです。だって、どれだけ頑張っても周りに馴染んで完璧に自分を消す事なんて出来ないと思うからです。そして、それだけじゃなくて、そんな風に自分を隠すために自分を消そうとしていたら、そのうち自分が辛くなるし、そんな事しなければよかったななんて事と思う日がきっといつかくるんじゃないかとも思うからなんです。だからと言う訳じゃないですが、僕は、出る杭になる事なんて全く恐れない方がいいんじゃないかと思っています。
ここでは、なぜ僕がその様に考えているかについて簡単に解説してみたいと思います。
もくじ
この世の中に自分と全く同じ人なんていない
じゃあなんで僕が出る杭になる事を恐れない方がいいと思っているかと言うと、簡単に言うと人はどうやったって出る杭になってはしまうからなんです。もうね、これは、絶対に出る杭にはなりたくないと思ったって無理なんです。だって、どこまでいって自分だこの世に存在している誰かと全く同じ人間になる事は出来ないからです。て言うか、この世に存在している人全てが違う存在だからなんです。えっ?何言ってんの?そんなの当たり前じゃんって思うかもしれません。でも、多くの人の頭からこの考え方が抜けている様な気がするんです。だから、出来るだけ周りと同じ様にして目立たない様になんて事をする訳です。まぁ確かに他人とは違う存在であったとしても、誰かと似た様になる為に自分を変えていくって事は出来るとは思います。でもそれは、その誰か(もしくは、その集団)とだけって事なんです。また他の場所にいったら、また違う特徴を持った人たちがいて、その人たちからすれば完全に浮いてしまうって感じになるんです。
なので、この世で生きてる限り、全く自分が目立たないでいられるなんて事は絶対にあり得ないって訳なんです。でも、それでも目立ちたくないからと言って、この場所ではここにあった自分を演じ、その場所ではそこにあった自分を演じなんてやってると、必ず自分の中に矛盾が生じます。そして、時にはその周りに人たちから、「結局どっちなんだ?」って感じで迫られて、結局どっちつかずになって信頼をなくす事になってしまったりもするんです。まぁそんな風に全ての場所で目立たない様にしてるって、要は八方美人と同じ様な感じなので、自分も辛くなるし、誰からも信用されなくなっちゃう事になってしまうんじゃないかと僕は思います。なので、自分が目立たない様にするって基本的には不可能です。だから、何かしらの形では自分は目立ってしまうし、時によってはそれで出る杭になってしまう事はあるんだって事は人生を生きている事の前提としてとらえて、自分を偽らず、ありのままの自分でいるって事が大事なんじゃないかと僕は思っています。
出る杭として叩かれるのは最初だけ
でも出る杭になるのは恐れなかったとしても、出る杭として叩かれるってのはヤダって思う方もいらっしゃるかもしれません。だから、出来るだけ出る杭にはならない様に気をつけているって感じなのかもしれません。でもこれは僕の今までの経験から感じでいる事なんですが、出る杭として叩かれるのって大抵目立っている事が見つかった最初の頃だけだったりするんです。まぁ確かに目立つ特徴が周りに見つかってしまった時には叩かれてしまうのは避けられないと思います。だって、これは多くの人が不必要に目立ちたくないって思ってるのと同時に、目立っている人を自分の周りから排除したいと思っていたりするからです。まぁなんとなくその自分以外の目立っている人に恐怖を感じてしまっていたりするって感じなんです。そりゃそうですよね。それまでは、そんな風に自分たちと違ってる人なんか周りに存在しなくて安定していたのに、急にそんな人が現れたとしたら、その場を荒らされてしまうんじゃないかって不安になっちゃいますもんね。だから、人は急に現れた目出す存在を執拗に叩いたりもするんです。
でもね、それと同時に多くの人がそう言う環境の変化にあっという間に慣れてもいくもんなんです。初めは目立つ事が珍しく思って叩いてみたりしたけど、そのうちそんな事にも大抵の場合は飽きてきます。そして、そう言う風に目立っている人がいる風景がなんだか普通に感じてきてしまったりもするんです。僕の感覚では、ここまできたら大方出る杭として叩かれる事って減ってくるんじゃないかと思うんです。なので、出る杭になって辛いのは、出る杭認定されたほんの初めの頃だけだったりするんです。なので、出る杭として叩かれる事もそこまで恐れなくてもいいのかな?って言う風には思っているんです。
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しくこく叩かれ続けるなら出る杭として突き抜けてしまえばいい
まぁそんな事を言っていたとしても、常に時間が経てば出る杭として叩かれなくなるかって言うとそんな事はなくて、いつまでもいつまでもしつこく叩いてくる人は出てきます。もうね、これはもうどうやっても避けられません。それはなぜかというと、こちらが出る杭として目立っている事に嫉妬をしてくる人は必ずいるからなんです。そうなんですよ。出る杭として叩かれてるって嫉妬されてるだけなんですよ(笑)。これは忘れないでいて下さい。決して自分が目立つ事が悪い事って訳ではないんです。要は、相手の感じ方の問題だったりするんです。だから、そんな意味からも出る杭として目立つ事を諦めたり、引っ込めたりなんてしなくていいんです。
まぁでもそんな事をわかっていたとしてもやっぱり叩かれるのは辛いですよね。どうやったら叩かれない様になれるのか知りたいですよね。もうね、これに関して僕が思うのは、よく世間で言われている様に、叩かれないぐらい飛び出てしまえばいいって事なんじゃないかと思います。もうね、自分の特徴(もしくは、長所)はとことん伸ばしてしまえばいいって事なんです。それを中途半端に隠そうとするから叩かれてしまったりするんです。でね、叩けないぐらい突き抜ければ必ず周りはその出ている杭の事を認めてきます。てか、認めざるを得なくなります。もうね、ここまできたら誰も叩いてこなくなります。と言うよりも、叩かれたとしても、自分が気にならなくなります。だから、出る杭になる事自体は恐れる必要なんて全くないんです。そんな事気にせず、出る杭として生きていけばいいんじゃないかと僕は思っています。
まとめ
いかがだったでしょうか?多くの人は、自分が目立ってしまう事を怖く感じてしまって出来るだけ目立たない様に自分を隠して生きようとしてしまっているんじゃないかと思います。でもね、僕は、こんな感じで自分を偽ってまで目立たない様にする事ってあんまり意味がない様な気がしているんです。だって、この世に存在している全ての人が全く違う人間です。なので、どうやったってどこかの時点で目立つ時はやってきてしまうんじゃないかと思うからです。なので、僕は、そんな感じで目立って出る杭として周りから見られるって事はそこまで恐れない方がいいんじゃないかと思っています。
じゃあなぜそこまで出る杭でいる事を恐れなくてもいいのかって言うと、基本的に出る杭として叩かれるのは、出る杭だと周りから認められた最初の頃だけだったりするからです。確かに最初は叩かれるから辛いのかもしれません。でも、いずれ自分も周りもそう言う状況に慣れてきます。そうすれば、大抵の場合は変に叩かれる事はなくなっていくはずです。でも、中にはこちらが出る杭である事に嫉妬して、執拗に叩き続ける人がいるってのも現実だったりするんです。もしそんな様な状況になったとしたら、もう相手が叩けなくなるぐらいにとことん突き抜けてしまえばいいんじゃないかと僕は思っています。そうすれば、もし叩かれたとしても、自分自身が叩かれてる事を気にしなくなるんじゃないかと思います。どこまでもどこまでも出る杭として突き抜けちゃえばいいんです(笑)。
ゆーすけ
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