生き方

足りない何かを埋めようと思って生きない方がいい

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どーも、ゆーすけです。

突然ですが皆さんは、常に「今の自分には何かが足りていない」なんて思っていたりしませんか?おそらく今の自分に満足している人なんてほとんどいないと思うので、多くの人が何かしらの不足感を感じているのではないでしょうか。

僕はそれが悪い事だとは思いません。そうやって足りない所に目を向けるって事は自分を客観視する為には必要な事だと思うからです。そして、そう言う客観視が出来ずに自分はなんでも持っていると万能感を持ってしまう事もそれはそれで良くない事だとは思うからです。

でもだからと言って、足りない所ばかりに目を向けて、常にそこを埋めようと思って生きるのはあまり良い事ではないと思います。なので、基本的には、足りない何かを埋めようと思って生きたりはしない方がいいと僕は思っているんです

どれだけ埋めても足りないものがなくなる事はない

まず、これはもしかしたらほとんどの人が気がついているかもしれませんが、足りないと思う感覚はどこまでいってもなくなりません。例えば1つの足りない部分を一生懸命埋めようと頑張ってそれを埋める事が出来たとしても、その足りない部分が埋まった途端に次の新しい足りないものが見つかります。で、その次の足りない部分を埋めたとしても、またその次が見つかります。こんな感じで人の欲望には終わりがないんです。

なので、足りない部分を埋めるって事を目標にして生きてしまうと、何かを埋める作業を永遠に繰り返す事になってしまったりするんです。正直言ってこれは苦しいです。だって、その足りない何かを埋めた時は確かに快感が訪れて、気持ちが満たされるかもしれませんが、その快感が続くのは一瞬です。そして、また欠乏感に悩まされて、その一瞬の快感を求めて続けなくてはならないからです。それに加えて、どれだけその作業を続けた所で充実感を感じる事は絶対に出来ないのですから

だからと言う訳じゃないですが、足りない部分を埋めなきゃいけないって思う事をやめてみるといいんじゃないかと思います。だって、どれだけ埋めようとしても、埋め切る事は出来ないのですから。そこは一旦諦めてしまいましょう。でも、足りないと思っている部分を無視する必要はないとは思います。それを隠そうとすればするほど気になってしまったりもすると思うからです。だから、まずは認めるんです。自分はこことここが足りないんだなってきちんと認めてあげる事が大切だと思うんです。

そして、それを含めて自分なんだって開き直る事も大切です。そこが認められないと上に書いた様にそこを埋めていかなきゃ気が済まなくなってしまうんです。完璧な人間なんてどこにもいません。少しぐらい足りない部分があるぐらいが人間味があっていいと僕は思います。そして、足りない部分を愛おしく思うぐらいの余裕を持って生きていける様になるといいのではないかとも思っています

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足りない所を埋めてもマイナスがゼロに近づくだけ

で、もう1つ足りない所を埋めようと躍起にならない方がいい理由として僕が思っているのは、足りない所を埋めた所で自分が突き抜ける事が出来ないと思うからです。それはどう言う事かと言うと、例えば自分に足りない所をマイナスとして捉えるならば(僕は実際は足りない部分は個性だと思っているので、マイナスとは思いませんが、ここではそう言う事にしておきましょう)、それが減るってだけなんです。簡単に言い換えるのなら、マイナスがゼロに近づくぐらいのもんなんです

確かにマイナスが減るってのは悪くはないのかもしれません。でも、それがなくなってゼロになった所で自分の何かがプラスに転じる事はないんです。僕はそれよりも自分のプラス部分(もしくは長所)を徹底的に伸ばしていく方がよっぽどいいんじゃないかと思います。その方が確実に自己肯定感は上がると思います。

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そして、これはもしかしたら信じて頂けない方もいらっしゃるかと思いますが、上にもちょっと書いた様に、足りない部分って個性になったりもするんです。自分に足りないと思っているって事は、言い換えるなら、他の誰かは十分持っているって事にもなりますよね。確かに他の人が持っているものを持っていないってなんとなく悲しい様な気がしますし、それを手に入れていた方がいい様な気もします。でもね、そこまで卑下する必要もないんです。だって、人と違うって、もうそれだけで才能ですし、個性だったりするんです

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と言う事はですよ、足りない所を埋める作業って、実は個性を潰す作業って言えなくもなかったりするんです。なので、こう言う意味からも、やっぱり足りない所なんかを埋めようとするのはしない方がいいんじゃないかと僕は思います。多くの人が心の中では、個性が欲しいって思っているとは思いますが、たぶんほとんどの人が何か特別な才能の事を個性って思っているんだと思います。確かにそう言うものも個性にはなり得ますが、それだけが個性って訳でもないんです。自分の足りない部分だって十分個性なんです。コンプレックスだって味方を変えれば強みになったりするのと同じ様な事なんです

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足りない部分は誰かに補ってもらったっていい

そして、これは全ての事に当てはまる訳ではないので、必ずしもこうする事が出来るって訳ではないとは思いますが、その自分にとって足りない部分を他の誰かに補ってもらう事だって可能な訳なんです。だって、自分にとって足りない部分を持っている人ってのは必ずどこかに存在しているんです。もしそう言う人が周りにいる様であれば、自分で無理して埋めようとするよりも効率がいいのかもしれないんです。そうすればそのぶん自分のプラスの部分を伸ばす事に力を注ぐ事が出来る様になるんじゃないかと思います。

で、そうやって自分の足りない部分を補ってもらったとして、自分はどうやってその人に返していけばいいんだろうって思うのであれば、自分のプラスの部分を必要としている誰かにそれを返していけばいいんじゃないかと僕は思います。可能であればその人に返せるのが1番いいとは思いますが、必ずしもそれが出来るとは限りません。なので、もしその人に直接返す事が出来ないのであれば、もう他の人に返していくしかないんじゃないでしょうか?誰にも貢献する事はなく、自分1人で独り占めする様な事さえしなければ、僕はそれでいいんじゃないかと思っています。

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まとめ

いかがだったでしょうか?どんなに自分の事に満足している人だって、何かしら自分には足りない部分があるって思っているんじゃないかと思います。確かに足りない部分ってのは、どうにかして埋めたくなる衝動にかられると思いますが、僕はそれは可能であればやらない方がいいんじゃないかと思っています。

それはなぜかと言うと、足りない部分をいくら埋めた所で絶対に満足なんて出来ないからです。永遠に埋め続ける事になる可能性が高いからです。そして、足りない所を埋めた所で自分のいい所が伸びていく訳でもないからです。それよりも、自分のプラスの部分をガンガン伸ばして突き抜けていく方がいいと思います。そして、もしどうしても足りない部分が気になってしょうがないのであれば、他の人に頼ってそこを代わりに埋めてもらう事だって出来るかもしれないからです。足りない所がちょっとぐらいあった方が人間らしくて魅力的だと僕は思います。

ゆーすけ

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ABOUT ME
ゆーすけ
アメリカ在住のがんの研究してる人です。自分の経験を元にした「よりよく生きるためのヒント」を発信し、読む人の心を少しでも軽くすることを目指しています。
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