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どーも、ゆーすけです。
突然ですが皆さんは、何かをやっている時に完璧にこだわってしまう方ですか?おそらくそう言う方って結構いらっしゃるんじゃないかと思います。
で、よく世間では「完璧主義はやめた方がいい」なんて言われていますよね。でも、なんで完璧にこだわってはいけないんでしょう?物事の細部にまでこだわるって、質の良いものが出来そうな気がして、あまり悪い感じがしない様な気がしませんか?
確かに質にこだわる事は大事な事だと思います。質にこだわらず適当にやるよりはそちらの方が断然良い事だとは思います。でもだからと言って、完璧にまでしようとするのはやはりやめた方が僕はいいんじゃないかと思うんです。ここでは、なぜ僕がその様に思うのかと、どの様にしたら完璧主義を回避出来るかにについて解説してみたいと思います。
もくじ
完璧と言うものは単なる幻想でしかない
もしかしたらこれを言ったら、ちょっとは驚かれるかもしれませんが、完璧と言うものは基本的には存在しません。そう言うものは単なる幻想でしかないんです。それは、誰か他の人が作り出したものかもしれませんし、自分の頭の中で勝手に作り出したものかもしれません。でも、完璧ってものは存在しないって事は覚えておいて下さい。
だって、どんなものでも自分が思っている完璧に到達したと思ったら、次の完璧が現れませんか?で、それに届いたと思ったら、また次の完璧が現れるって感じで、人が追い求める完璧に終わりはないんです。逆を返せば、完璧を追い始めたらきりがなくなってしまうんです。どこまでもどこまでも追いかける事になります。そして、どこかでもうこの辺で十分って言う感じにはなれなくなってしまうんです。なにせ人の欲望には限りがないんですから。
で、そんな感じで完璧を追い続けているうちはまだいい方なんです。満たされないなりに完璧を目指して進んでいるからです。でも、あまりに完璧にこだわる人は、そのうち完璧に押しつぶされていきます。届く事が出来ない完璧に恐怖を感じて足が動かなくなってしまったりもするんです。これは結構困った問題なんです。皆さんの周りにもいたりしませんか?完璧を目指すあまりに何も出来ないでいる人って。
もうこうなってしまったら、まだ何も始めてもいないのに自信喪失状態に陥ってしまうんです。これって訳わかんなくないですか?まだ何も始めていないんですよ。失敗したとかそう言う事ではないんですよ。それなのに自分に自信がなくなってしまっているんです。なので、完璧主義の人って強がっている事が多いんです。自信がないから虚勢を張らないと自分を保っていられなかったりするんです。

でもね、これもまだマシな方なんです。まだあんのかよ?って思いましたよね。そうなんです。まだあるんです(笑)。そうやって完璧を求める人が自信をなくした後にたどり着くのが、最初から諦めるってモードです。彼らの理論でいくと、完璧に出来ないのなら始めっからやらなきゃいいって事につながってしまうんです。で、ちょっと拗ねた感じで、悪ぶっていたりするんです。もうめんどくさいったらありゃしないですよね(笑)。だからと言う訳じゃないですが、こう言う意味からも、完璧主義ってのは捨てた方がいいと思うんです。細部にこだわり過ぎる事はやめた方がいいと思うんです。
完璧より完成に重点を置く
完璧主義をやめた方がいいとして、それではどの様にしたら完璧を目指す事を手放せる様になるのでしょうか?僕はそれにはまず完璧よりも完成に重点を置くのがいいのではないかと思います。それはどう言う事かと言うと、完璧主義の人って言うのは、例えば1ページ(例えばその1ページは10行だったとしましょう)の文章を書かなきゃいけない状況になったとしたら、100点のものを作ろうとします。で、初めの2−3行は書き始めるのですが、そこが気に入らなくてなかなか次に進めなくなってしまうんです。そして、その中途半端な2−3行で手が止まってしまって、10行に到達する事はないって感じなんです。
でも、彼らにとっては、自分なりに納得した2−3行が書けない限りは次の行に進んでも意味がないと思っているので、なかなか完成にはたどり着きません。例えばこれが趣味かなんかの話だったら全然いいのですが、もしこれが締め切りのある仕事だったりした時には目も当てられなくなります。例えいくらその初めの2−3行がもの凄くいいものだったとしても、10行に達して完成していない限りはなんの意味もないんです。これが完璧主義の弊害です。
だから、僕はどんなレベルのものであっても、完成させるって事に重きを置くべきなんだと思います。これに関して僕が持っている持論としては、どんなものでも6割程度でいいからとりあえず一旦は完成させてしまうって事です。上の例で言えば、あまり内容は気にせず10行書き切ってし舞うって感じです。特にこの6割でも完成させてしまうっ感覚は、誰かと一緒に仕事をしている時なんかには絶対に持っていた方がいいです。本当に6割でいいんです。「完成していない完璧」よりも「ある程度でも完成」の方が確実に価値があるんです。

でもこう言う話をすると、6割なんかで相手に渡したら確実に怒られる、だから完璧にしなくちゃいけないっておっしゃる方も出てきます。確かに怒られるのかもしれません。でも、そう言う事に怒る人は、それが9割の出来だろうが、10割の出来だろうが関係なく怒るんじゃないかと思います。その人たちには出来上がったものの質なんてあまり関係ないんです。彼らにとっては怒る事が目的なんです。だから、ちょっと怒られる可能性があっても6割程度で終わらせて早めに渡してあげるといいんじゃないかと思います。完璧にしようとしてギリギリまで自分の手元に置いておいて、最後の最後にどうしようもないものを渡すよりその方が僕は絶対にいいと思います。


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その都度最善を尽くして改善していけばいい
で、6割程度で完成させたとして、そこで終わりにしていいかと言うとそう言う訳でもなくて、やはりある程度の質は求めていった方がいいとは思います。じゃあ、それに関してどう言う風に対応していったらいいのかと言うと、僕は、とにかく6割の出来でもなんでもいいから一旦出来上がったものに修正を加えて改善していくって事が大切なんだと思います。
先ほどの例ではないですが、中途半端に2−3割しか出来ていないものでは全体像が把握出来ないので、改善のしようもない事が多いんです。だからそう言う意味からもどんなものであっても一旦完成させてしまうって事は重要なんです。で、改善していく時に心の持ち方としてとても大事な事は、完璧に近づこうとか、完璧に近づかなきゃいけないとか思わないって事です。それよりも、その時の最善を尽くすって事に気持ちを向けていくといいんです。

これは皆さんもなんとなく経験があるかもしれませんが、その時の最善を尽くしていれば、確実にそのものの質は上がっていきます。どこに完璧を置くかにもよるかもしれませんが、その様に最善を尽くしながら改善を加えていけば、確実に完璧と思えるものには近づいていく事になるんじゃないかと思います。
まとめ
いかがだったでしょうか?時に人は誰だって完璧主義に陥ってしまったりするんじゃないでしょうか?なんとなく完璧を目指すっていい事の様に思えますが、完璧を目指すあまりに手が止まってしまい、完成に至らず中途半端で終わってしまうって事もあったりする事もあるんです。なので、可能であれば完璧主義ってのは手放した方がいいと僕は思うんです。
その為に大事な事は、完璧を目指さず、まずは完成を目指すって事だと思います。出来に関しては6割も出来ていれば上々だと言うつもりで終わらせてしまうのです。で、そこから修正を加えて改善する事によってより良いものにしていけばいいんだと思います。その際に大事な事は完璧を期すのではなく、最善を尽くすって事です。
要は、完璧主義はやめて、完成主義と最善主義になった方がいいって感じです(笑)。
ゆーすけ
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