生き方

幸せになりたいなら「自分の幸せの形」は知っておかなきゃいけない

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どーも、ゆーすけです。

突然ですが皆さんは、幸せになりたいですか?この質問に関してはもちろんYESだと思います。誰だって幸せになりたいし、不幸せでいいなんて人はいないんじゃないかと思います。

では、ここでもう1つ質問です。皆さんは、自分が何を持って幸せと感じるかってわかっていますか?これに対する答えって結構別れるんじゃないかと思います。

はっきりと自分はこう言う時に幸せだよってわかっている人もいれば、そう言われてみれば自分がどうなった時に幸せだと思うかいまいち考えた事なかったなんて人のいるんじゃないでしょうか?もし「自分の幸せの形」ってものがしっかりとわかっている方は、もしかしたら、もうこの先を読まなくてもいいかもしれません(とは言っても最後まで読んでは欲しいですけどね(笑))。

でも、もし「自分の幸せの形」がはっきりと見えていないのであれば、それはしっかり考えていく必要があると思います。なぜなら「自分の幸せの形」ってものがわかっていない限りは幸せを感じる事は出来ないからです。だからと言う訳ではないですが、幸せになりたいのであれば「自分の幸せの形」ってものは知っておかなきゃいけないじゃないかと僕は思うんです

自分の幸せの基準は自分にしかわからない

これは上で聞いた質問に重なるものがあるかもしれませんが、皆さんが幸せってものを想像するとどう言うものが頭に浮かんできますか?家族がみんなで食卓を囲んで笑いながら談笑をしている姿ですか?海外の誰もいないビーチを貸し切ってそこでビーチチェアに寝そべってカクテルでも飲んでいる姿ですか?はたまた、大企業の社長になってバリバリ働いている姿でしょうか?まぁ人によって様々な幸せに対する理想形ってあると思います。

でも、ここでちょっと厳しい質問をしますが、それって本当に自分が幸せだと思う事なのでしょうか?それってもしかしたら、他の人が決めた幸せの形ってものだったりしないでしょうか?ここで一瞬目を閉じて自分の心に聞いてみて下さい。さっき頭に浮かんだ幸せってのは本当に自分を幸せにしてくれるのかどうかを。

まぁ確かにそう言った感じの誰かが一般大衆向けに作った幸せの形が自分の幸せだったりする事もあるとは思います。でも、多くの場合、自分が本当に幸せだと思う事ってどこか違う所にあったりするんじゃないかと思うんです。でもね、こればっかりは自分にしかわからないんです。例えば、僕が他の誰かに「僕の幸せって何?」って聞いた所で、「そんなの自分で考えて」って言われるだけだったりするんです。

そして、その幸せの形に正解も不正解もないし、良いも悪いもないんです。だから、自分が心の底から「これが自分の幸せだ」って思えるものを見つけるといいと思います。てか見つけなきゃいけないんです。じゃないとどうやったら幸せになれるのかの道筋がつけられないからです。

で、ここでちょっと気をつけて欲しいのは、例え幸せの形を見つけた方がいいと言っても、非現実的なものにはしないって事です。例えば、芸能人になる事とかってしてしまうと、それが達成出来ない限り幸せになれない事になってしまいます。幸せって実際はそこら中にあるものなんです。そう言う日々の手の届きそうなものの中から「自分の幸せの形」ってものを見つけておくのが僕はいいと思います。例えば、自分は朝一杯のコーヒーを飲む瞬間が幸せ、とか。

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そして、そう言う「自分なりの小さな幸せ」を沢山自分の中に作っておくといいんじゃないかと思いますそうすれば、沢山の幸せが毎日積み上がっていきます幸せになるって実はそう言う小さい幸せの積み重ねだったりもするんです

他人の幸せに嫉妬する必要もないし、自分の幸せを見せびらかす必要もない

そして、「自分の幸せの形」って言うものがわかったら、次に気をつけた方がいいのはそれを他人のものと比較しないって事です。人ってのは社会性のある生き物なので、どうしても人と比較をしてしまいます。でも、実際は「幸せの形」なんか比較したってなんの意味もない事だったりするんですだって、あなたが幸せと思っている事が、他人にとって幸せであるとは限りませんし、その反対だってありえたりするからです

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例えばですよ、あなたが毎日ランチにおにぎりを食べていたとしてみて下さい。でも、あなたはサンドウィッチをランチに食べる事が幸せに感じるとしましょう。で、あなたの横に座っている友達が毎日ランチにサンドウィッチを食べている状況を想像してみて下さい。あなたにとってはその友達がとても羨ましいですよね。でも、その毎日サンドウィッチを食べている友達が同じ様に幸せを感じているとも限らないんです。もしかしたらその子の家はパン屋さんで、サンドウィッチに飽きてるなんて事もなきにしもあらずなんです。

それと同様にもしあなたが毎日おにぎりを食べている事が幸せだっとしても、サンドウィッチを食べている友達がおにぎりを嫌いと思っているんなら、その人にとってはおにぎりを食べる事が何1つ幸せにはつながらない訳だったりするんです。

まぁちょっと例えは極端だったかもしれませんが、そんな感じで人の幸せの形なんて人それぞれなんです。だから、自分が幸せと思うものを他人が持っていたってそれに嫉妬する意味もないですし、自分が幸せだと思うものを見せびらかして自分は幸せなんだアピールする意味も全くないんです

幸せなんか自分がどう感じるかだったりするんです。だから、自分が幸せだと思っていれば、僕はそれでいいんじゃないかと思います。結局、他人は他人、自分は自分でいいんじゃいかと思うんです。

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少しぐらい「自分の幸せの形」から外れていても、それを幸せと感じる余裕を持つ

そして、僕が幸せを感じる為にもう1つ大切だと思っている事は、「自分の幸せの形」にとらわれ過ぎないって事です。えっ?なんかさっきから言ってる事と矛盾してない?って思うかもしれません。そう言いたくなる気持ちは痛いほどわかります。でも、そう言うものにこだわってしまうと、「自分の幸せの形」が自分の思った様に達成されなければ、それはそれで不満に変わってしまうと思うからです。

だからね、「自分の幸せの形」はちゃんと明確にはするけど、きちんとそれが達成されなくてもほどほどの所で満足するって事が僕は大事なんじゃないかと思います。要は、完璧は目指さないって感じでしょうか。例えば、前から自分は赤い靴が欲しかったとしましょう(こうやってものを手に入れる事を幸せにしてしまうのはもしかしたらよくない事かもしれませんが、まぁ例えとして受け入れて下さい)。で、靴屋さんにいったら、その赤い靴は残念ながらもう売り切れていたとしましょう。でも、同じ形の緑の靴だったら手に入れる事が出来るとしたら、その緑の靴を買ってそれでよしとしてしまうって感じです。

でも、これが絶対に赤の靴じゃなきゃいけない、と意固地になってしまったら幸せは逃げていってしまいます。ちょっとぐらい自分の思った様な形でなくてもそこそこ近いのであればそれで幸せと思い込んでしまうと僕はいいんじゃないかと思いますそのぐらいの余裕を持っていると幸せって感じやすいんじゃないかと思います

まとめ

いかがだったでしょうか?基本的には誰だった幸せにはなりたいんじゃないかと思います。でも、幸せと言っても何を持って「自分の幸せ」とするかって正直よくわからないって人が多いのも実際なんじゃないかと思います。幸せになりないのなら「自分の幸せの形」って言うものを明確にしておく必要があると思います。じゃないと目指す所がわからないからです。

そして、その「自分の幸せの形」は自分の基準で決める事です。誰かが決めた幸せの形なんて追い求めても絶対に幸せにはなりません。そして、幸せの形は人それぞれです。自分が幸せだと思っているなら、他人がどの様な幸せの形を追い求めていようとあまり気にしない事です。で最後に、もう1つ大事なのは、「自分の幸せの形」にこだわり過ぎない事です。少しぐらい思った様な幸せでなくてもそれを幸せと思ってしまう余裕を持っておくといいです

ゆーすけ

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ABOUT ME
ゆーすけ
アメリカ在住のがんの研究してる人です。自分の経験を元にした「よりよく生きるためのヒント」を発信し、読む人の心を少しでも軽くすることを目指しています。
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