生き方

自由が欲しかったら自分の責任は自分でとるしかない

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どーも、ゆーすけです。

突然ですが、皆さんは「自由」に憧れた事ってないですか?まぁ今まで1回も「自由になりたい」って思った事がないって人はいないと思います。そりゃあ誰だって自由になりたいですよね。

誰かにあーしろ、こーしろ言われないで、自分のやりたい事をやりたい様にやってみたいですよね。でもね、ここで勘違いしないでいて欲しいのは、自由ってなんでもかんでも好き勝手にやってもいいよって事ではないって事です。

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確かに自由になると、やりたい事をやりたい様には出来る様にはなります。でも、そこにはもの凄い制約がつくんです。それは責任です。何をやっても、それをどの様にやっても全てが自分のせいって事なんです

自由になりたかったら自分の責任は自分でとる

でも、なんか責任をとるって言われると、何か悪い事をした時に謝罪をするとかって言う感じのちょっとネガティブな行動を取らなきゃならないんじゃないか?って思ったりしませんか?だから、自分で自分の責任をとらなきゃいけないって言われるとなんか身構えてしまいますよね。出来れば誰だってそんな謝罪なんかしたくはないですもんね。

確かに、自分で責任をとるって言う事は、何かしら謝罪をしなきゃいけない場面では、自分がちゃんと謝罪をしなくちゃいけないとは思います。でも、責任をとるってそう言う事だけではないと思うんです。

じゃあ結局責任ってどう言うの事なんだって言うと、僕はそれは自分でやった事に引き続いて起こった事全てを自分が引き受けるって事なんだと思います。それが良い事だろうが、悪い事だろうが全てを受け止めるって事なんだと思うんです。

例えばこれを僕の渡米時の話に置き換えて話をしてみましょう。僕は今アメリカの小さな大学で研究者として仕事をしていますが、大昔の日本にいた時は医者をしていました。確かにそこそこの収入はありましたが、忙し過ぎてもう医者と言う仕事から逃げ出したくなっていたのです。まぁそれだけが医者を辞めた理由の全てって言う訳ではないですが、ここでは話を簡単にする為にこの忙し過ぎたって事が原因で辞めたって事にしておきましょう。

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それで、僕は自由を求めて、医者を辞めて、医者よりもある程度時間に融通のきく研究者と言う仕事を求めてアメリカに渡ります。ここでも話を簡単にする為に「なぜアメリカ?」って言う事はちょっと横に置いておく事にしましょう(笑)。

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そんな感じで僕は忙しさから自由になりたくて、アメリカに来ました。で、確かに医者をやっていた頃よりは格段に自分の時間が自由に使える様になりました。自分が思い切って医者を辞めて研究者の道へ飛び込んだ事で自由を得る事が出来たのです。でも、物語はそこでは終わりません。自由との引き換えにそれなりの代償もえることになるのです。

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まず、渡米してからの約半年間は無給で働く生活をする事になったのです。これは、アメリカの就職先が給料をその時は給料は出せないと言ってくれていたにも関わらず、このタイミングを逃したら渡米する事は出来ないと思い、自分から無給を受け入れて渡米したのはしたのですが、無給ので働くってそれなりに大変な経験でした。

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そして、次に待ち受けていたのは、言葉の壁です。日本で少しは英会話の勉強をしていたとは言え、週に数時間こちらのレベルに合わせてくれた中で英語を勉強するのと、四六時中ネイティブのスピードで英語をフルに話されるのとでは同じ英語でも全く違います。基本的に何を言われているのかほぼわからない状況で仕事をする事になりました。これもそこそこきつかったです。

ロスト・イン・トランスレーションどーも、ゆーすけです。 生まれも育ちも日本です。33歳の時に医者を辞め、アメリカにある研究室で研究者の卵であるポスドク(こちら)を...

かと言って、このお金の問題も言葉の問題も別に他の人にやらされたから起こった事ではありません。基本的には自分で行った行動の結果起こった事で、責任は全て自分にある事になるのです。でも、その一方で自由になった時間に関しても自分がその選択をした事による結果です。他の誰かがその自由を与えてくれた訳ではないんです。

自分の答えは自分で探していくしかないどーも、ゆーすけです。 人生に迷った時ってどうしても答えが知りたくなりますよね。誰かが今のこの状況に対する正解を教えてくれないかな...

自由って、その後に起こった良い事はちゃんと自分の手柄になるけど、悪い事が起きたってそこから逃げられないって事なんじゃないかと思います美味しいとこだけとって、後の美味しくないとこはいらねーって訳にはいかないよって事なんだと思います

自由にならないのは人間関係や環境のせいではない

でも、いくら自由になりたくてもいろんなしがらみがあってそうも簡単にいかないよっておっしゃる方もいるかもしれません。その気持ちはとてもよくわかります。人間関係や環境によってはどうにもならない事もあるのかもしれません。

でも、ちょっと厳しい言い方をしますが、自由にならないのは、最終的には人間関係や環境のせいではないんです。自由にならないと自分で決めているだけなんです。

えっ?何言ってんの?自分では選びたいけど、選べないからそうなっているんじゃん、って思うのかもしれません。でも、やっぱり自分でちゃんと選択しているんです。

例えば、自分が仕事をしながら親の介護をしている場面を想定してみましょう。これは、あくまでも仮定の話だってのは忘れないでいてください。そして、自分の状況として今の仕事にはちょっと不満はあるけど介護をする上では都合がいいけど、もう1つ気になっている仕事があって、それは今の家から相当遠くにあって、親の介護をしながらその仕事をするのは非常に厳しい状況だとしましょう。

この場合、多くの方が今の仕事は辞めずに親の介護を続けていく選択肢をとるんじゃないかと思います。でも、そうこうしたいるうちに介護疲れと今の仕事への不満がたまってきて、転職出来ないのは、人間関係と環境のせいってして言ってしまうんじゃないかと思ういます。でも、これって本当に人間関係と環境のせいのせいなのでしょうか?僕にはちょっとそうとは思えないんです。転職はしないで介護をするって自分で結局は選んでいるんです。

本当に転職がしたいのであれば(もしくは自由を手に入れたいのであれば)、介護を辞めて転職すればいい訳なんです。たぶんこう言う選択をすると「冷たい」と言われたりするかもしれないし、介護をしない事に対して申し訳ないと言う罪悪感を感じてしまったりするから介護を辞めての転職と言う選択肢を選ばないんだと思います。

常に罪悪感を感じる環境からは離れた方がいいどーも、ゆーすけです。 時に自分に自信をなくす事ってありますよね。まぁそれは誰にでもある事だし、誰もが通る道だと思います。人生なん...

まぁその選択肢が間違いと言う訳ではないですし、おそらく介護をしていた方が後悔はないんだと思います。僕はどちらの選択肢を選んだとしてもどちらの正しいんじゃないかと思います。ただ、自分が自由に転職出来なかった事を親や仕事のせいにしてしまうのはちょっと違うのかな?って思います。やっぱり、そこに至るまでの選択は自分でしている訳ですから。

だからと言う訳ではないですが、例え自分が自由にならなかったとしても、それは自分で選んで自由になっていないと思っているのがいいと思いますじゃないと何をやっても「やらされてる感」がずーっと消えずにいて自分が苦しくなっていってしまうんじゃないかと思うからです

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人の責任は人の責任として割り切る

で、もう1つ自由になる為に責任という観点から忘れてはならないのは、人の責任まで引き受けないと言う事です。人の責任は人の責任としてしっかりと割り切る必要があると思います。でないと、常に誰かに何かをやらされている感じに陥って、自分からやらされ感が抜けていかないからです。

やらされ感を感じている限りは人は決して自由を感じる事は出来ません。やっぱり自分で選んで自分から自発的にやっていると言う気持ちが感じられないと自由だと思えないと思うんです

決断は結局自分でするしかないどーも、ゆーすけです。 生きているといろいろな場面で決断を迫られますよね。で、出来れば間違えたくないので、あーでもない、こーでもな...

そして、ちょっと話はずれますが、他人の責任を背負うと言う事は他人の自由を奪う事にも繋がるんじゃないかと思います。だから少し冷たいかな?と思っても、他人の責任は背負わない事です。背負ってしまったら自由を感じられなくて自分が辛くなっていくだけです。やっぱり、自分だろうが他の誰かだろうが、責任と言うものは自分でとっていくのがいいんだと思います。てか、そうしないといけないんじゃないかと思うんです。

まとめ

いかがだったでしょうか?自由って誰でも憧れるものだとは思います。でも、自由ってのは、なんでもかんでも好き勝手やってあとは知らねーよってものではないんです。自由にはそれなりに責任が伴います。自由にする代わりに、そこに付随して起こった事は全て自分のせいなんです。悪い事が起きたら自分のせいってのはわかりやすいと思います。でも、実は良い事が起きても全部自分のせい(もしくは自分の手柄)なんです。なので、自由に伴う責任ってそこまで嫌がる必要もないんじゃないかと思います。

でも、自由が欲しかったら自分で全ての責任をとる覚悟は必要です決して他人のせいには出来ませんそして、他人の責任は他人の責任として割り切る覚悟も必要ですそう言う覚悟さえあれば、大抵の事は自由に出来るはずです。要は、自由は意外と不自由だったりするよって事です

ゆーすけ

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ABOUT ME
ゆーすけ
アメリカ在住のがんの研究してる人です。自分の経験を元にした「よりよく生きるためのヒント」を発信し、読む人の心を少しでも軽くすることを目指しています。
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