生き方

他人の期待なんか背負う必要なんかない

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どーも、ゆーすけです。

誰かに褒められるって嬉しいですよね。褒められないよりは褒められた方が絶対にいいですよね。

でも、人に褒められるのってどんな時が多いですか?もしかしたら、自分以外の誰かが「良い」と思っている事をした時なんじゃないでしょうか?

それって、その人たちがあなたに対して抱いている期待に応えた時だったりするんじゃないでしょうか?

まぁ基本的には誰だって誰かに期待を向けて欲しいと思うんじゃないでしょうか。「君になんか全く期待していない」なんて言われたら、それはそれでがっかりしちゃうんじゃないかと思います。

でも、それと同時に他人の期待って時々重く感じてしまう時もあるんじゃないかと思います。また、それに応えられない自分に不甲斐なさを感じでしまったりして、なんか苦しく感じてもしまう時なんかもあるんじゃないかと思います。

だからと言うわけではないですが、僕は他人の期待になんか応えられなくてもいいんじゃないかと思うんですと言うよりも、そんなものを背負い込む必要なんかないんじゃないかと思うんです

他人の期待は他人の理想

まず、他人があなたに対して抱いている期待ってのは、あなたにとって良い事なのかどうかはわかりません。これはおそらくなのですがその人が抱いている理想像って言う可能性が高いです

例えば、ファンが推しに抱いている期待ってのがわかりやすいかもしれません。自分の推しにはこうあって欲しいって思う理想像があって、自分の推しがその理想像から外れた行動をした場合、ファンは期待を裏切られた感じがしてがっかりしてしまうでしょう。でも、推しからしたらいい迷惑かもしれません。勝手に理想像を押し付けられて、そうでなければがっかりされるって、そう言う事を推しは望んでいないのではないかと思います。

そして、他人の期待ってのは、得てして「自分が出来なかった事(もしくは出来ない事)」の押し付けであったりもします

これに関しては、親が子に抱く期待ってのが近いのかもしれません。例えば、高校球児だった父親が自分の息子をプロ野球選手に育てようとする感じって言えばわかってもらえるかもしれません。これは、自分の子供を一生懸命育てようとはしているので、一見悪い事ではないように見えるかもしれませんが、もしそこに子供の意思がないのであれば、子供にとっては辛い事になってしまうかもしれません。

だからね、他人から抱かれる期待って自分のものとして受け取らなくてもいいような気がするんですそして、その期待が大きければ大きい程、期待されている方には重く感じる事が多いような気もするんです

期待に応えられなくても罪悪感は感じなくていい

じゃあ、他人の期待を自分のものとして受け取らなかったとして、その期待にどう対応したらいいのでしょう?ここは、はっきり言います。そんな期待には応えなくて全然いいです。だってそれは結局、他人の理想であり、他人の夢であり、他人の願いであるだけなんです。他人があなたにそうなって欲しいと思っているだけなんです。もし自分に他にやりたい事があるなら、いや例え他にやりたい事がなかったとしても、他人の希望なんて叶える必要は全くないと思うんです。

まぁ確かに、そこまで無下にする必要もないのかもしれません。でも、他人の期待を満たそうとするって事は、他人の人生を生きるって事にもなりかねません。しかし、それでも「せっかく期待されているんだし、その期待に応えないなんて悪いよ」って思うかもしれません。

まぁ実はこれが期待する側の狙っている事だったりもするんです。期待する側がこれを意図的にやっているかどうかは別として。

それはどう言う事かと言うと、過度な期待をするって事は、相手に罪悪感を植え付けようとしているって事でもあるんです。では、相手が罪悪感を抱くとどうなるでしょう?そうなんです。相手は期待を裏切りにくくなるんです。期待する側って自分では気づいていなくても、こんな感じで相手の事を自然と自分の思うように動かそうとコントロールしているんです

でもね、ほとんどの場合は期待する側はわざとやっている訳ではないんです。無意識な事が多いんです。だから結構厄介なんです。相手のためを思ってその様に期待しているって事が多いんです。

で、期待している側の人に「自分が本当はやりたいと思っていない他人の理想の人生を歩む事を望んでいるのか?」って聞いてみると、大抵の場合は「そんな事はない、自分の思った道を進んで欲しい」って言うと思うんです。だからね、他人の期待に応えられなくても罪悪感なんて感じなくていいんです。その罪悪感は意外と自分が勝手に作り出した幻想だったりするんです

でも、ここで注意して欲しいのは、全部が全部そう言ったケースではないって事です。中にはわかって相手を自分の思い通りにコントロールしようと思って過度の期待をかけている人もいます。その様に、相手に理解がない場合には、なるべくその人(もしくは環境)からは離れるのがいいと思いますそれでも、全く罪悪感を感じない様になるのは非常に難しいので、距離を取りつつ、少しずつ罪悪感を手放していくのがいいのではないかと思います

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自分の人生は自分で切り開く

では、罪悪感を感じずに他人の期待を手放せる様になったとしたら、どうしていくのがいいのでしょう?それはやっぱり自分の生きたい人生を生きていくって事なんじゃないかと思います。そんなの当たり前じゃないかって思うかもしれませんが、それってそんなに簡単な事ではないと思います。

先程も言いましたが、自分の思う様な人生を生きるって多少なりとも罪悪感が伴います。僕も、これまでに何度も人生の方向性を大きく変えています。例えば、僕は医者と言う職業をやめました。周りからは「せっかくここまできたのになんで?」って何度も言われました。そして、日本を離れてアメリカに移住しました。これも正直全員に賛成され訳でもありません。もしかしたらいろんな人の期待を裏切ってしまっていたのかもしれません。

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でも、その時の僕には、日本に止まって医者をしている姿が想像できなかったんです。まぁ正直今でも少なからず罪悪感を感じる時はあります。でも、やっぱり心のどこかでは、自分が好きな事を生き生きとやっている方が嬉しいはずだと、信じている部分もあります。

これは別に、わざと他人の期待を裏切れって言っているのではなくて、もし「自分がやりたい事」、「進みたい方向」が周りに期待されている事ではなかったとするのであれば、それは自分の心に従った方がいいんじゃないのかな?って事が言いたいのです

要は、自分の人生は自分で切り開いた方がいいって事です

まとめ

確かに誰にも何も期待されないより、期待された方が気分がいいです。でも、わざわざ頑張って誰かの期待に応えようとなんかしなくていいんじゃないかと思います。それじゃあ結局は自分以外の誰かの人生を生きる事になってしまいます。

人生においてはどこにも正しい道なんてないんじゃないかと思います。どんな道を進んでいってもいいとは思います。でも、どうせ自分の人生なんだから、誰かの正解なんか探そうとせずに、自分の正解を探し続けてもいいんじゃないかと思うんですそして、自分が選んだ道は全て正解って事にしちゃえばいいんじゃないかと思うんです

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で、自分で自分の道を選んだかっらて、決して誰かに対して「悪い事したなぁ」なんて思うことはないです。そんな事気にせず、思いっきり自分の選んだ人生をエンジョイしていればいいんです。たぶんその方が周りも嬉しいはずです(そう信じたい。てか信じましょ(笑)!)。

ゆーすけ

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ABOUT ME
ゆーすけ
アメリカ在住のがんの研究してる人です。自分の経験を元にした「よりよく生きるためのヒント」を発信し、読む人の心を少しでも軽くすることを目指しています。
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